社会人36年目を迎える私のつたない経験を徒然なるままに話してみる。
様々な媒体で
- 定年後に悠々自適に生きる為に
- 悠々自適な人生の為の蓄え
- 悠々自適に過ごすために今やっておくべきこと
等の記事をよく見る。
自分が58歳なのでその様な記事がよく目に付くと言った方が正しいのか分からないが。
ところで
悠々自適とは一体なんだ?
どう言う生活の事を言うのだろう?
お金の心配をせずにのんびり過ごすことか?
これは3か月で飽きた。経験したことがある。実際に飽きた。
趣味のゴルフを毎日やる?(私はゴルフはしないが)
そんな毎日はできないだろう。大体働いている時から出来たろ。
世界中を旅行する。
これはなんとなくわかる。楽しいだろう。でも、楽しみが増えたとは言えそれも365日やると面白くないだろう。金銭的に限度もある。
使いきれないぐらいのお金をもって何でもやる。
これはつまらないだろう。 100億あったら、ちょっと贅沢して寿司でも食おうか。。。。って何の感激もない気がする。
一杯1万のウイスキーも飲んで見れば千円のとそうは変わらない、好き好きだ。
私はラフロイグの10年が世界で一番おいしいウイスキーだと思っている。あくまで10年だ。一番安いやつだ。
大体が悠々自適と人が言う時には
金銭的に余裕があって(働かなくとも経済的に困らずに)
時間があって
好きな事が出来る
と言う様な意味で言うことが多いのではないだろうか。
私は3度ばかり転職の合間に仕事をせずとも金銭的に困らず、そして時間がたっぷりあったことがある。
正にその”悠々自適”と言って良いだろう。
先にも書いたが3か月で飽きたものだ。 私だけか? それは分からない。 が、多分誰もがそうなると思うが。
色々な事をした。 だが何でだか仕事に追われていた時期と比べると楽しくないのだ。
4か月目からは朝家を出て、歩いて歩いて歩いて。別に歩くのが趣味ではない。
車などで移動すると時間がつぶれないのだ。
何とか5時、6時まで時間をつぶしてバーに行く。そして毎日お酒を飲む。
葉巻をやるので多い時期は1日6本吸っていた。(これぞお金の無駄使いだ)
そんな生活だった。
疲弊した。本当に疲れたし、つまらなかった。かなり落ち込んだ。
時には公園で缶ビールを飲んだりしたがそんな時には”これって浮浪者と同じだな”と思ったものだ。と言うか、それが浮浪者の定義だろ。
そこでやはりと言うか結局と言うか。 人生の真理の様なものを自分の身をもって確信した。
月曜から金曜まで。 ストレスとプレッシャーに追われて追われまくるからやっと来る週末が楽しいのだ。
何でも好きに出来たら面白くないものだ。
何でも好きなものが買えたら何も欲しくないものだ。
ゆっくりできる時間は退屈な時間だ。
悠々自適。
今は、好きな言葉ではない。
一番上手に幸せに生きることは
仕事を続けることだ。
仕事の定義は
やりたくなくともやらざるを得ないこと
としたい。
お金があってもなくとも、その様な事をやっていれば、その様なことから逃げられない人生を送っていれば
時々やってくる休みが本当に楽しいものだ。
大体、追われて追われて生きていれば悩んでいる暇などない。
それが、幸せなのだ。
私は55歳で一人で会社をやりだした。
本当にラッキーだったと思っている。
あと何年かで自分の同級生・同世代は定年を迎える。その後に”仕事”を見つけるよりも5年先んじたわけだ。
なんと私は運が良いのだろうか!
後2-3年でコンサルティング会社に加えて違う会社を起業するつもりだ。
これで後20年は楽しめる。
ゆっくりしている時間等ない。
飽きる時間がない。
金曜の夜にはバーに行こう
月末ぐらいは葉巻を買って贅沢して見よう。
たまの休みには好きなバイクに乗ろう。
暇な時期には毎朝ランニングをしよう。
まとまった休みが取れたら妻と旅行に行こう。
後の時間は仕事に追われよう。
それが本当の悠々自適な人生だと考えている。
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